平成最後の秘湯〜群馬・万座温泉
「秘湯に行きたい」
やりたいこと100のリストを読み返しつつ、単調な毎日に飽きていたわたしは会社の先輩に連絡を取った。「世の中には温泉大好きか温泉好きしかいない」「温泉は戦いだ」との名言(迷言)を数多く残し、東南アジアに赴任してしまった人だ。
「秘湯に浸かりたいのですが車が運転できません。おすすめはありますか」
「万座温泉日進舘です。間違いありません。都内から直行バスがあり電車とバスでも行けます。○○(先輩の苗字)家温泉ランキング1位です」
SNSの進化はすごい。国境を越え、短時間で行き先が決まった。毎週末、忙しいなか関東近郊の温泉に繰り出していた先輩とその家族が絶賛しているのだから間違いない。早速ホームページを見てみると「直行バス付きプラン」が目に入った。4月平日だと、1泊1食付きで1万2800円らしい。不安になるレベルに安かった。
朝9時にバスが出発するのは京王プラザホテル新宿の隣のバスターミナル。高齢の女性グループや夫婦が多く、わたしのような一人参加は少なかった。
万座温泉は標高1800mにあるので、バスは曲がりくねった道を延々と進む。クルマ酔いがひどい人は酔い止めを持って行った方が良いレベルだ。日光のいろは坂よりもグネグネしている気がする。温泉街に入ると、車内に硫黄のにおいが広がった。
13時半に到着した日進舘は想像よりも新しい雰囲気
ぐんまちゃんがお出迎え
宿泊した「ゆけむり館」は廊下からもひなびた雰囲気が伝わってくる。きっと昔はスキー客が大挙して訪れたのだろう。エレベーターはあるが階段を使うことが多いので、家族旅行なら他の客室の方が良いかもしれない。
部屋はバス・トイレなしの和室7.5畳。地下にあり、外の景色は見えない。暖房があったので暖かかったが、ボイラーだったのには驚いた。トイレと洗面所を使うときは廊下に出なくては行けないのが面倒だが、それほど古さは感じなかった。
早速温泉に行ってみる。まずは「長寿の湯」。6つ(!)の温泉を堪能できる大浴場だ(以下、温泉写真はお借りしています)。
どのお風呂も気持ちよかったけれど、わたしは「苦湯」と「姥湯」が好きで、何度か入り直した。苦湯(2枚目の写真)は日進舘で最も大きな総天然木の湯船。おばさんが10人で入っても大丈夫なほど広い。「ささ湯」(写真3)と呼ばれる露天風呂で外の冬山を眺めたり、源泉100%で硫黄の香りが強い姥湯なんかを順番に入っていくと、もうゆでダコ状態だ。
ゆでダコ状態のまま、極楽湯に向かう。曇り空だったが雪山の雄大さは伝わってくるし、お湯も自分にちょうど良い温度だった。
温泉から上がったら夕食。ほぼオープン時間に行ったのに、席がどんどん埋まっていった。バイキング形式で群馬・長野の野菜がたくさん使われていた。なんでもおいしかったけれど、野沢菜漬けと湯葉の刺身が特に良くてアラサーになったんだと実感した。(写真は朝食時)
20時からはフロアでショーが行われている。歌手の蘭華さん。やけに上手(かみて)におじさんがいるなぁと思っていたが、チャイナドレスの深いスリットから覗く彼女の左脚を堪能するためだろう。全く昭和の風景である。
宿泊券抽選会(毎日やっている!)で当たらなかったわたしはその鬱憤を晴らそうと「満点の湯」に向かった。新館にあるため結構歩かないと到着しない。他の2施設と比べると新しく、浴槽には天然のヒノキを使用しているとのこと。大きな窓から見える景色は雪・木・土!と情緒のあるものではなかったが、なかなか癒された。田舎出身だからだろうか。
満点の湯から見た景色
新館の廊下と部屋。新しくバリアフリーも考えられている。家族で来るならこっちに泊まりたい。
「それぞれ3回ずつは行きたい」と思っていたので、夜中までにそれぞれ2回行った。温泉は入るだけで体力を削がれる。そのお陰なのか、眠りの浅いわたしもぐっすりと眠れた。温泉とボイラーの暖房と、たらふく食べた夕食のおかげだろうか。
翌朝は晴れ。相変わらず美味しい朝食をお腹いっぱい食べたあと、チェックアウトする。この後も温泉は使えるので、タオルは自分で持っていること。バスで来た人には部屋が提供されるので、そこに荷物を置いたり、休んだりしている人が多かった。
荷物を置いたわたしは満天の湯→長寿の湯→極楽湯の順番で入浴した。前日午後から夜に比べて温泉に入っている人が少なくなっているため、軽いストレッチもできるし、陽の光が目を覚ましてくれるようでとても良い。特に極楽の湯はわたし一人で貸切状態!素晴らしい露天風呂で、天気も晴れててお湯の緑色が美しい。山も近く「秘湯に浸かっているんだ」という気持ちになれる。こうして各温泉に3回浸かるという目標は達成された。
しかし、温泉3ターンは辛い。体が熱くなりすぎたため、水を飲みながら休んでいたら某東南アジア支店長から電話がきた。
「温泉入ったの?」
「3ターン達成しましたよ!(ドヤ顔」
「うそ、マジでやったの?」(ちょっと引いている)
「マジです。でも疲れますね〜〜」
「温泉は戦いですから。でも3ターンはすごいよ」
「今後は体調のことも考えて2ターンにしようと思います」
「それがいいね」
電話は終わった。
昼食のグラタンセット800円。こんな山奥だからもっと高いのかと思っていたら良心的な値段だった。利益出ているのかな・・・
日進舘から見た風景。バスで新宿に着くまでは来た道を戻るだけだが、寄るサービスエリアなどが違ってくる。ただ本当に疲れてしまって、うとうとしたりスマートフォンを眺めてバスに揺られていた。
万座温泉にいたときは気がつかなかったが、わたしの体は相当な硫黄臭を醸し出していたらしい。地下鉄ですれ違った人がやたらとわたしを見て不思議そうな顔をしていたのも、そのためだろう。顔もまだ赤かった。
都営地下鉄に硫黄の匂いを振りまきながら、また絶対行こうと決めて家に帰った。