富山への旅6

(続き)

 

 ジャグジーで泡が出続ける秒数をカウントしていたら、もうすぐ夕食という時間になっていた。慌てて髪を乾かしつつ、部屋に戻る。「館内は浴衣で過ごせる」と案内されていたが、浴衣の帯がうまく結べないほど不器用なので、ロングワンピースに着替えてレストランに向かう。

 

 予約するときにフレンチか和食か選べたのだが、注意書きを見落として選択していなかった。そのため「朝食が和食だからフレンチにならないかな」と願っていたら、幸運なことにフレンチに案内された。感じがよくハンサムなウエイターに挨拶をしながら席に着く。

 

L'évo | レヴォ:フレンチの固定概念にとらわれず、郷土料理の枠にもはまらない。富山から発信する前衛的地方料理。リバーリトリート雅樂倶のメインダイニング

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 地元のビール「越中風雅」を飲みながら外の景色を眺める。ビールは香りは良いが飲み口が軽すぎて、最初からワイン飲んでおけばよかったかなあと少し後悔した。「苦手なものはないと伺っております」とウエイターににっこりとしながら言われたので、本当はあるけれど大丈夫です、と彼に負けない笑顔で返した。これが壮大な前振りになるとは知らずに。

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 前菜は見た目から美しいフィンガーフード。ムースを挟んだマカロン、エビがのった煎餅、ヤギのチーズのシュー皮・・・料理の温かさによって皿が違って可愛い。

 

 「牡蠣のフリッターでございます」。え、と言葉に詰まった。小学生のときに給食で出たクラムチャウダーを吐いてから、怖くて貝は口にしないようにしてきたからだ。いつもは自分で注意するだけではなく、友達や取引先と食事に行くときにも配慮してもらっていたのに、今回はレストランの予約を忘れていたので苦手なものも伝えていなかった。これは無理。食べられない。

 

 体調が悪いと言って残してしまおうか、誰かと2人で来るべきだったか、と考えれば考えるほど、フリッターの衣が存在感を主張してくる。結局「アルコールで流し込めば何とかなりそう」という生産者が泣きそうな結論を出して、一口食べてみる。「ええい、ままよ!」。そんな古語がぴったりな気持ちだった。

 

 衣に歯を立てた瞬間、トロッとした何かが口の中に広がってまったりと留まっている。これが牡蠣なるものか。 高温で揚げられているからか、特有の臭みがない。意外と吐かないから富山の日本酒飲んでみよう。あ、イケる。

 

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 海の幸は続き、ふわっと火入れされた鱧を白ワインと堪能した後に出てきたのは新湊のツバイ(バイ貝)。また貝?もう無理だって。バイ貝ってモロに貝じゃん、と怯えつつ匂いを嗅ぐ。ソースは烏賊墨とコクのあるバターが混ざり合って濃厚だが、油断はできないので噛まずにソースだけ舌で拭き取る。「あ、やっぱり濃い。バターの香りが漂ってくる」。貝は身が引き締まってコリコリしている。噛めば噛むほど味がじわっと出てくるけど、これはおいしいかもと白ワインと合わせていたら完食していた。恐るべき富山である。苦手な貝を食べている間、いつのまにか天気が悪くなり、峡谷に霧が出ていた。

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 「Virgin egg」は鶏が初めて産んだ卵で、大好きなポーチドエッグに。出汁とヤギのチーズのソースがしょっぱくて、ポーチドエッグのふわふわした食感に良い意味で引っかかる。

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 最も印象的だったのがレストランの名前が冠された「レヴォ鶏」。地酒の酒粕を餌に生後45日まで育てられた近くの農家の鶏で、中にはおこげが詰められている。見た目はもろに鶏の足だが、おいしく食べることが供養になると信じているのクチなので手を使ってガブッといった。表面にどぶろくがひと塗りしてあって、鶏と米って合うんだなと実感。命をいただいているのをこんなに感じたことはなかった。鶏を絞める瞬間ってどんな感じなんだろう、自分はできるのだろうか、とフィンガーボールで手を洗いながら考える。

 

 甘鯛はパリパリの皮とほろっと崩れる身がソースとからまる。仔猪を焼いたのは身が引き締まっていて、猪特有の獣臭さがないのがよかった。大味でなく、すっきりした赤ワインにも合う。これも多分直前まで生きていたんだろうな、と思いつつ噛みしめる。肉のソースを3種類のパンにつけて食べたけれど、根が労働者なので米粉パンをそのまま食べるの一番おいしかったです。

 

 アロエのデザートとバタバタ茶なるお茶で〆。結局ビール、日本酒、白ワイン、赤ワインと4杯も飲んでしまっていた。ウエイターからも「顔が赤くなっていますよ」と言われるレベルだったが、料理とお酒のマリーアージュが素晴らしいフレンチだった。シェフやウエイター、ウエイトレスそれぞれが力を持っている。そして前衛的。家族連れよりは恋人や友達とワイワイ言いながら楽しむのが良いのかな、と部屋に帰りながら既に次回泊まるときのことを考えていた。

 

 鶏を食べているときに思い出した本は大好きな一冊。

食肉の帝王 (講談社+α文庫)

食肉の帝王 (講談社+α文庫)

 

 

(続く)

富山への旅5

(続き)

 旅とは全く関係ない話だけれど、第二次性徴期から肩こりに悩まされない日はなかった。胸が膨らんだことにも、下半身に体毛が生えてきたのにもびっくりしたけれど、それより何より肩こりのひどさに驚いた。それまで肩が凝るなんて考えたこともなかったのに。今でも毎日100回くらい首を鳴らしているのは肩こりのためだと信じている。

 

 喘息(ずいぶん良くなった)のせいで激しい運動ができなかったこともあり、体を動かすのが嫌い。だから筋肉がつくようなことは人生で全くなかった。その代わりに大好きになったのがマッサージや整体。社会人になってからはデスクワークばかりで「今日はもう首が動かない。無理」と思った日はhot pepper beautyでマッサージ屋を探して行っていた。

 

 丸の内や銀座のマッサージ屋に「ほんとバキバキですね」「あなたの働き方は過去最低です」と言われるたび「そうでしょう!」と無駄に誇りに思っていたが、その実、肩こりはちっとも良くならなかった。でもマッサージは体を動かした気持ちになるから大好きで、東京に加えて旅先でもマッサージをお願いすることも多かった。

 

 前置きが長くなったが、宿を予約したときにセットになっていたトリートメントをしてくれるセラピールームに行ってみる。

セラピールーム「りふれ」|くつろぎに満ちた極上のひと時を。アロマトリートメントやアーユルヴェーダ等

 足を踏み入れた瞬間「これはセレブ感あふれるところに来てしまった」「叶姉妹が来ても全然おかしくないレベル」と若干ビビった。が、引いてばかりもいられないのでセラピストと肩こりや腰の張りについて話す。4種類のエッセンシャルオイルから2種類をブレンドしてもらったのに、なんだったか忘れてしまった。いつもは選ばないような樹木のような香りだった気がする。

 

 すぐに施術に入るのかと思ったら、高級そうなバスローブを渡され「露天風呂に10分浸かってきてください」とのこと。たったひとりで神通峡やその先の道を通る軽トラを見ながら入浴。非日常感がすごくて緊張していたのか7分くらいで入浴を終えそうになった。

 

 その後、部屋に戻ってトリートメント。セラピストの「始めますね〜」の声とともに流れてきたBGMが、寺の鐘のような音で驚く。さざなみや鳥のさえずり、変に南国のリゾート感があふれるものなどマッサージ中に様々な音楽を聴いてきたが「ゴーン・・・(余韻)」と鳴る寺の鐘は初めてだった。寺なんてずいぶん行っていない、平家物語の「祇園精舎の鐘の声」は実はさらさら流れる繊細な音なんだよな、とぼんやり思う。普通よりやや強目でお願いしたので、途中まで意識があってとても気持ち良かった。気づいたら終わっていたのはいつものことだけれど。

 

 目を覚ましたとき「あ〜、終わった」と思ったら、施術前に案内された露天風呂とは異なるジャグジーに案内された。ジャグジーの他にも広い露天風呂、サウナがあり、他に人がいなかったこともあってひとりで川を眺めながら「この時間が続けばいいのに」と思っていた。そしてこれを再び体験するためにお金を稼ごうとも。栃木・那須高原二期倶楽部でトリートメントが大好きになった母親も、ここなら満足できるだろう。

 

 東京に帰ってきてからもamazon musicで寺の鐘の音を探すなど、すっかり影響されている。メニュー表を見返すと、ミネラルファンデーションで有名なMiMCと開発したトリートメントも。今度は別のメニューも受けてみたいな。

 

(続く)

 

富山への旅4

(続き)

CREA2017年2月号 楽しいひとり温泉

CREA2017年2月号 楽しいひとり温泉

 

買ったことをすっかり忘れていたCREAを熟読して宿を決めた。

本当は行ったことのない中国・四国地方の温泉にでも行こうかと思ったけれど、

何かあってもすぐに帰ってこれて、

ひとり初心者でも大丈夫そうな宿を探したら富山にあったのだ。

富山のリゾートホテル「リバーリトリート雅樂倶」| 川のほとり、アートの宿。富山空港より車で20分

 

美術館からホテルの手配してくれたタクシーに乗って宿に向かった。

途中、神通川やその近くのパターゴルフ場?、富山空港が見えた。

「川が氾濫したときにこの空港は大丈夫なのか」と思うくらい、川と空港が近い。

同じような風景が続いたせいか、車内でこの日初めて眠った。

 

運転手に声をかけられたときにはもう宿の人が待ってくれていて、

高級感のある扉とともに出迎えられた。わたしには少し早すぎたかな、と思わせる色。

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館内に入ってみると、なるほどメディアで伝えられる通り美術館のような作りだった。

目の前に広がる神通峡も美しすぎて息を飲む。これは写真じゃなくて現実なのか。

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案内された部屋も広く小綺麗で、ひとりで来たことを後悔するレベル。 

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部屋に流れていたNorah Jonesの歌声を聴きつつ、

たっぷりとした水を持つ峡谷ときらきら

光る緑をぼんやり眺めていた。

 

(つづく)

 

富山への旅3

(続き)

富山県美術館が気になったのは設立された経緯やコレクションの内容よりも

「世界一美しいスターバックス」の近くにあるというのが本当のところだ。

コーヒーにはなんの思い入れもないが、世界一と名のつくものは見てみたい。

その途中で美術館でも寄ればいいかと思っていたけれど、

結果的にはスタバよりも美術館の方が断然心に残った。

 

まず企画展が面白い。

「ポスタートリエンナーレトヤマ」は

世界(というには地域に差があるけれど)から最新のポスターが集まっていて、

老若男女があれが好きこれは気持ち悪いと言いながら観ているのが良かった。

高尚な会話をしている人たちを見るよりよっぽど好感が持てる。

ポスターって美術館で展示する意味あるのかな、とか

東アジアの勢いがすごくて日本のデザイナーもっと頑張れとか、

考えたことはたくさんあったけれど、大量のポスターは観るだけでも楽しい。

 

それからコレクション。ミロやらポロックやらがごろごろ置かれていて、

「ここは本当に地方の、公立の美術館なのか」と驚いてしまう。

地元にこれといった美術館がない自分にとってはうらやましい限り。

県の努力と美術に興味のある資産家がたくさんいたからかなあと想像する。

 

瀧口修造富山県出身なんですね)コレクションも良かったし、

椅子の収集も家具好きの人にとってはたまらないだろう。

それ自体が美しい建物は建築家・内藤廣さんの設計で、

美術や建築に詳しい人はみんなそのことを知っていた。

わたしは素人なので「土地があるからこんなに贅沢な作りなのか・・・」

としか思わなかったけれど。(天井が高いのです)

 

屋上には子供が遊べる広場があって、富山の雄大な山々が見守っているようだった。

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絶対子供を持っている人に勧めよう。

と思いつつ、興味は屋上よりも館内の食堂へ。

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でも、なんで富山でたいめいけんなんだろう。

オムライスおいしいけどさ。

 

世界一美しいスタバは天気が悪いのか、わたしの感性が鈍っているのか、

どうやったら美しく見えるのか構図を考えてしまった。

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下手な写真がますます世界一をダメにする。

 

(つづく)

 

 

富山への旅2

(続き)

結局一睡もできないまま羽田空港に向かった。ターミナル駅から30分はかかるバスの中でも全く眠れなかった。

「こんなことなら早いうちに睡眠導入剤(2種類)飲んでおけばよかったな。もう一便遅い飛行機(11時着)にすればよかったな。そもそも富山なら新幹線で行けるのに、なんで飛行機なんて選んじゃったんだろう」。この旅を後悔する言葉が次から次へと出てくる。

 

後ろ向きなときに限って、予定はスムーズに進むものだ。8時出発なのに7時前に到着してしまった私は「おにぎり食べたい」と農耕民族的なことを考えて、第二ターミナルをウロウロしていた。そこにあったのが立ち食い寿司。

https://tabelog.com/tokyo/A1315/A131504/13160418/

「旅に行くんだし、ちょっと豪勢に!」と意味不明なことを考えて、おまかせにぎり(1080円)を頼んだ。味は普通なのだが、1週間前に銀座で中国に赴任する先輩と寿司を食べた後だけにどうしても比べてしまう。そもそもこれから行くのは寿司が美味しそうな富山だし。

 

やや閑散とした空港でぼんやりした後、飛行機に乗った。これで少しは眠れるかなと思ったが、機内誌「翼の王国」で吉田修一のエッセイを読んで、うとうとしていたら富山空港に到着していた。所要時間50分。近。

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 旅の目的がないと美術館に向かうタチなので、とりあえずバスで街の中心部に出てみた。目に入ってくる景色は私が思う日本の原風景、もといロードサイド。山内マリコもこんな風景をみて育ったのかなとひとりごちる。途中で富山城址公園や百貨店「大和」の店舗が見えたが、あまり興味をそそられなかった。路面電車を見たときは「富山にいるんだなあ」と思ったのだけれど。

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バスには結構な人が乗っていたはずなのに、私が駅前で降りるときには魔法のようにみんないなくなっていた。

 

(つづく)

 

 

 

富山への旅1

「富山って観るところあるの?」

東京・森下の焼肉屋「静龍苑」で名物のタン塩にがっついていた私は会社の先輩にこう聞かれ、答えに窮した。

 

会社を休職してから約3ヶ月。

そろそろ本を読んだり(最近まで文字の意味を認識するのが難しかった)

動かなくてはいけないと考えた私は、一人で行ったことのない場所に行こうと決めた。

 

一人旅をしたことがないわけではない。

入社3年目の頃は海外に一人で行ったし、出張は旅に入らないだろうが結構頻繁にしていた。

でもこれが国内一人旅でうつ病を抱えていたら。難易度は増すのである。

カウンセラーは「行こうと思える精神状態になったのがすごい!」と背中を押してくれたが、不安なところもあった。

 

富山について何も知らないのだ。

ANAのマイルが切れそうだからという理由で選ばれた場所で(往復12000マイル)、

いったい自分は何をすれば良いのだろう。

宿は素敵だと噂のところだが、チェックインまでかなり時間がある。

それまでに何をしたら楽しいんだろう。

悶々と考えていたが、結局朝方まで寝付けなかった。

 

(つづく)