アラサーOLの備忘録

東京に暮らすアラサーOLです

富山への旅8

(続き)

 

 祭りから戻るバスの中には富山や八尾のことを教えてくれる老夫婦がいた。老夫婦といっても60代半ばくらいで、見た目も話し方もとても若々しい。たぶん地元に住む夫婦が何かの記念に宿泊したのだろう。宿の人や他の宿泊客とも楽しそうに話していた。

 

 バスが宿に着いた。夕食に4杯もお酒を飲んだが、祭りの最中に500mlの水を飲み干したのがよかったのか、だいぶ酔いは醒めてきた。ワインはもう飲めないだろうが、ビールやアルコールが少なめのカクテルなら飲めそうだ。幸い1階にはバーがあるようだし、美術品に囲まれて飲むなんて素敵じゃない、とワクワクしながらバーへ向かった。

 

 ところが、である。バーは真っ暗で人っ子一人いなかったのだ。月曜日・火曜日は定休日ということらしい。せっかくお酒が飲みたい気分だったのに、どうしよう。そう思って同じ1階を見渡してみると、照明は暗めだがお酒がありそうなカフェを見つけた。ここならやっていそうだ。

 

 中に人はいなかったが、コーヒーや紅茶、ジュースが用意されていて、セルフサービスで飲んでくださいというところだろう。アルコールは人に声をかければ良いらしい。まずはローズヒップティーにしようかなと手を伸ばしたところ、背後から先ほどの老夫婦の声が聞こえた。このカフェに向かってきたらしい。

「よかったらどうですか」。お茶のカップを持ちつつ声をかけた。東京ではなかなか自分から声をかけることはないが、これも旅の効用だろう。

「ありがとう。でも君はホテルの人じゃないでしょう?」

「はい。でもわたしも飲みますから」

 

 じゃあ一緒に飲もうと言われ、旦那さんはビールを飲むために宿の人を呼んだ。奥さんはどのソフトドリンクを飲もうか迷っていた。わたしもお茶を飲もうと思っていたら「君もビール飲むでしょ」と旦那さんに言われ、半強制的に瓶ビールをいただくことになった。なぜお酒を飲むとわかったのだろう。

 

 峡谷が見えるフカフカのソファー席で旦那さんとわたしはビール、奥さんはお茶で旅の出会いに乾杯した。わたしが東京から来たことはバスの中で話していたので、仕事が大変すぎて疲れたこと、会社を休んで毎日家でぼんやり過ごしていること、温泉特集の雑誌を読んでひとりでこの宿に来たことなどを話した。

 

「富山と金沢はどちらも友人が働いていますが、金沢は意外と大企業がなくて仕事が大変そうです」と話すと

「金沢は商業地だからね。富山は工業地だから大企業があるんだよ。YKKとか不二越とかね。ああ、もちろん北陸電力もあるけれど」

と返された。地元の方だと確信する。奥さんに「なぜこちらに」と質問すると金太郎温泉に行こうか迷っていたという。金太郎温泉?後で調べてみたら魚津にある温泉で、旅館もなかなか立派なものだった。

「ここに決めたのは妻へのねぎらいのためですよ」。旦那さんはちょっと照れながら話した。照れついでにお二人の出会いはどこだったんですか?後学のために教えてくださいと下世話な質問をした。

 

 二人が出会ったのは職場だった(と思う)。旦那さんは富山の高校を卒業した後、ナンバースクールに行きたいと思って受験をしたら全然解けず、意気消沈。二期校の受験の準備をしなければというときに「サクラサク」の電報が届いたらしい。ただのエリートじゃないか。

 

 奥様は男の子を育て、家事を完璧にこなす誇り高き専業主婦。モーレツ型の働き方が推奨されていた時代、ひとりで子供2人を育てるのはどれだけ大変だったんだろう。二人は政治や経済についてもとても詳しく、安倍政権がどれだけ続くか、政治家のなかに日本の将来を考えている人間がどれだけいるか、宅配によって小売業がどう変わるか、といった話をしてくれた。

 

 わたしも負けじと考えてたことを話した。かつて加賀百万石を誇った石川県で最高の政治家が森喜朗でいいのか(大笑いされた) 、日本の製造業は改ざんが問題になっている企業以外にも問題がある、仕事で成果があげられたときは血湧き肉躍るという表現が身体的に満ち溢れるくらい興奮したこと、それなのに今は仕事を休んでいること。

 

 「高学歴の女性が働くっていうのは本当に大変だと思うよ」。旦那さんがしみじみ言った。「とても忙しい仕事をしながら出会いを探すのも大変だし、結婚も出産もハードルが高い。君のご両親は何も言わないの?」「両親と祖母はわたしのやりたいことを応援してくれる人たちなんです。最近認知症になった祖父だけが『結婚しないの?』と、ボケた頭で聞いてくるんですが『そうねえ、まず相手を探さないとね』と流しています」。

 

 わたしの話でみんな笑った。もう2時間は経っていた。ビールも何本飲んだんだろう。宿の方が来たので「ビールはわたしのサービス料に入れてください」と小声でお願いする。「今日は楽しかったわ」と奥さんが言う。「わたしもです」と返した。最後にお名前を教えてくださったのだが、話の内容と擦り合わせるとおそらく金融関連の役員夫妻だろう。名前は覚えているのだが旅の思い出としてとっておきたくて、調べられないでいる。

 

(続く)