アラサーOLの備忘録

東京に暮らすアラサーOLです

富山への旅9

(続き)

 

 目が醒めると、ロングワンピースのままベッドの上に転がっていることに気づいた。掛け布団にファンデーションがついていないだろうか。無理やり現実的なことを考えているときは酔っ払っているときだから、自分は相当飲んだのだと気づく。医療関係者には怒られそうだが、酔いを覚ますために温泉に向かった。

 

 脱衣所で服を脱ぎながら時計を見る。午前3時30分。どうりで自分以外の宿泊客がいないわけだ、と足をふらつかせながら大浴場に入った。露天風呂はあるだろうと踏んでいたが、室内もかなり広い。これを一人で使えるなんて本当に贅沢だ。

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 お湯はつるつるとして滑らかな感じ。これは露天風呂も期待できるなと思って外に出てみると、酔っ払った顔に爽やかな風が吹き付けてきた。空を見上げると漆黒と細い月と星。これはわたしが酔っ払っているから見える星空ではないよねと自問しつつ、ゆっくりお湯に浸かる。そして会社を休んでからのことを考える。

 

 残業が100時間を超えた、新しい上司が合わなかった、会社に足が向かなくなった、文章が読めなくなった、退職しようかと思った、水商売を始めようとしたら母親に止められた。なんだか中距離走のスピードでマラソンを走ったような、きつい半年だった。

 

 でも会社を休んでから気づいたこともある。まずは良い友達がいること。お酒を飲みに行ったり、旅に出たり、話を聞いてくれる友達が意外といた。ASD傾向があるからかはわからないけれど、家族や友達と話すより一人でいる方が断然好きだった。理由は人のことを考えると疲れ果ててしまうから。自分はこのまま孤独に生きていくのだろうと思っていたけれど、他人と同じ時間・空間を共有するのも悪くない、いやありがたいと感じた。

 

 家族との関係が劇的に好転したこともある。幼少期から家庭の不和を一身に浴びて育ってきたが、良いカウンセラーに出会ってから家族という「フレーム」を見直して、自分が心地良いように寸法を直した。祖父母や両親が年を取ったことや家族内での力関係が変わってきたこともあるが、自分が一生抱えていかなければいけないトラウマだと思ったものが、実は一つひとつの事柄で成り立っていることに気づいた。それを分解していけば、どうして自分が苦しいのかわかる。

 

 何度も心を病み、転職を繰り返してきた父親が「仕事を辞めてもいいよ」と言ったというのも大きかった。母親から伝えられたので直接聞いたわけではないが、本当に苦しいときだったので「さすが経験者は仕事の辛さをわかっているな」と妙に感心してしまった。「あんたが言えることかよ」とも思ったけれど「まあ俺が言えることじゃないんだけどさ」と付け加えていたというので、自分がしてきたことへの後ろめたさはあるのだろう。

 

 こんなことを考えながら露天風呂や打たせ湯を堪能していたら、のぼせそうになっていた。急いで備え付けの水を大量に飲んで、ほてりと酔いをを覚ます。携帯のアラームをかけて明日の朝食にはしっかり間に合うように起きよう。

 

 と頭では考えていたのだが、当然部屋では死んだように眠った。アラームは鳴ったらしいが、全く記憶にない。不審に思ったのか、レストランの人が電話をしてくれた。朝食は富山県産の米も味噌汁も美味しかったのだけれど、寝坊したのが恥ずかしすぎてあまり思い出したくない。

 

(続く)