アラサーOLの備忘録

東京に暮らすアラサーOLです

「全員死刑」

 

 

物騒なタイトルの本である。しかし、実際に起こった出来事であり事実(=facts)なのだから仕方がない。家族が「全員死刑」になった大牟田4人殺害事件の犯人の手記だ。

大牟田4人殺害事件 - Wikipedia

ウィキペディアに事件の概要がまとめられているが、とても長くて分かりづらい。おまけに、暴力的な表現がポンポンと出てくる。心臓の弱い人には決してお勧めしないが、平成の暗部を捉えるには貴重な本かもしれない。

 

ごく簡単に説明すれば、暴力団一家4人が金のために闇金融業者一家とその友人1人を殺害し、遺体を遺棄した強盗殺人・死体遺棄事件だ。獄中で手記を書いたのは一家の次男(=北村孝紘、当時。現在は改姓)で、ジャーナリストの鈴木智彦が脚注を入れながら編集している。

 

「どこをとってもマンガチックである」と鈴木が語るように、暴力団一家が殺人に走る姿はどこかコミカルだ。漫画ように始まり、騒ぎ、そして終わる。無反省な手記の内容に鈴木は呆れるが、拘置所で面会した北村は意外と好青年だった。「犯行との落差に戸惑った」「彼が子供のままであることに気づいた」とは、鈴木の本音だろう。「(事件に)突然巻き込まれ、楽しみ、狂い、快楽すら憶えた。やはり俺はおかしいのか?あるいは動物・生き物としての本能はこれで正しいのかもしれない」(北村の手記より)

 

北村は暴力団組長の父とその妻である母からとても可愛がられ育った。体は大きかったが周囲とのコミュニケーションが取れず、何かあれば力でねじ伏せてきた。『「ツレ」はいても『友』はいない」とあるように、寂しい少年時代だったようだ。

  

そんな少年の心にスッと入ってきたのが暴力だった。友達とは力でしか関係を作れず、自宅と暴力団事務所が同じ住所にあるという環境は彼の人生に大きな影響を与えた。友達は応えてくれなくても、家族(暴力団関係者)は愛してくれる。

 

家族といえば、暴力団は疑似家族の仕組みをとても上手に利用したものだと思う。バラエティ番組「ねほりんぱほりん」でも元極道の男性がそう語っていた。

擬似ではなく、血の繋がった家族が暴力団関係者だったら?鈴木によれば、暴力団関係者の子弟がヤクザになることは多くないというが、もし自分だったらと考えてしまう。

 

北村はこの事件の前にも様々な騒ぎを起こし「交番などを仲間たちと49軒、一瞬のうちに襲撃し・・・」と自慢する。襲撃された側はたまったものではないが、わたしは「本当にそんなことする人がいるのか!」と珍しい生き物を発見したような気持ちになった。この辺まではまだ笑えるし、可愛いものだ。

 

しかし、同じく粗暴で暴力団関係者の兄(長男)から強盗殺人に誘われると、あっさりとそれを引き受けてしまう。「2人の関係は主従に近く、飼い主とペットのそれを連想させる。たとえ狂犬だったにせよ、犬はしょせん犬だ」と鈴木は思う。

 

あっという間に北村は強盗殺人犯になる。暴力団関係者の家族も、同じく犯罪に手を染める。父親がやっていた暴力団は昔気質の組織で、手下にはとても厳しく接したという。そんな家族から組員(他人)が逃げ、家族の絆はますますいびつに、濃厚になった。これが犯罪でなければ、北村は家族思いの息子で終わった。しかし、時に家族の絆は他人に全く理解できない狂気を帯びる。「彼に欠けているのは、家族が生きるためなら、他人の生命さえうばってもかまわないという社会性のなさだ」(鈴木)

 

彼女を遊ばせておくため、友人に金を渡してお願いする知恵もある。友人の見舞いの後、病院のガードマンに「お疲れさまです」と声をかけ、缶コーヒーを渡す情緒もある。書籍やインターネットを少し覗けばわかるが、生まれながらに罪を犯すような心性を持つ人はほとんど見当たらない。その人の生まれ持った性質と環境が運悪く噛み合うと、思いもよらない事件につながるらしい。

 

北村は暴力がとても身近にあっただけに不運だったと思う。一人でも彼に「最近どうしている?」と聞けるような友達がいれば、違った結果になったのではないか。自らの力で人との関係を壊していた北村に声をかける人はいなかっただろうが、それでも何かが変わっていたのではないかと、堅気でぼーっと生きてきたわたしは考え込んでしまう。